みなさん、お酒を飲んで「やらかしてしまった」経験はありますか? 次の日の二日酔い、お財布の紛失、あるいはちょっとした口論……。現代の日本なら「まぁ、次から気をつけなよ」で済むお酒の失敗ですが、もし、あなたが4000年前のメソポタミアに生きていたら、その失敗の代償は「死刑」だったかもしれません。
『第6録』で紹介したの古代エジプトでは、お酒(ビール)は労働者の命を支え、ピラミッドを建てるための「アメ(給料)」として大活躍していました。
しかし、今回ご紹介する舞台、メソポタミア文明の「古代バビロニア」はお酒に対して超スパルタ。まさに「ムチ(法律)」でガッチリと縛り付けた国だったのです。
世界最古の居酒屋取り締まり!?『ハムラビ法典』のリアル
「目には目を、歯には歯を」
世界史の授業で誰もが一度は耳にするこのフレーズ。やられたら同じ分だけやり返すという「同態復讐法」の原則を表した、世界最古の成文法『ハムラビ法典』の代名詞です。
高さ2.25メートルの不気味に黒光りする石柱に刻まれたこの法律、さぞかし国家の重大犯罪や、お堅い裁判のルールばかりが書かれているのだろう……と思いきや、実はまったくそんなことはありません。全282条からなる条文をじっくり読み解いていくと、そこには現代の私たちと何ら変わらない泥臭くてリアルな人間の生活が描かれています。
なぜ法律に「居酒屋」が登場するのか?
驚くべきことに、この神聖なる法典の中には、わざわざ「お酒」や「居酒屋」をピンポイントで取り締まる条文が4つ(第108条〜第111条)も用意されています。
人間が集まり、お酒が注がれ、お金(当時は大麦や銀)が動く場所――。 そう、「居酒屋」は古代バビロニアでも最高に盛り上がる経済のプラットフォームであり、同時に最もトラブルが起きやすいデンジャラス・スポットでもありました。
だからこそ、名君として知られるハムラビ王は考えたわけです。 「ここをガチガチの法律で縛らないと、国の治安も経済も崩壊するぞ」と。
では、実際にその黒い石柱には、一体どんな恐怖のルールが刻まれていたのでしょうか? 現代の感覚で見ると「いや、いくら何でも厳しすぎない!?」とツッコミを入れたくなる、その具体的な中身に迫っていきましょう。
一歩間違えれば即アウト!恐怖の「お酒NGリスト」
『ハムラビ法典』の居酒屋取り締まり条項(第108条〜第111条)を開くと、そこには「ビールを愛する民」と「それを売る商人」の命がけの攻防戦が記録されています。
現代なら営業停止や罰金、ネットでの大炎上で済むような話ですが、バビロニアでは一発アウト。当時の王様が定めた恐怖のNGリストがこちらです。
【罪状①】ビールの価格をぼったくる = 水刑(川に投げ込まれる)
まずは第108条。当時の居酒屋では、お酒の代金として「大麦」で支払うのが一般的でした(あるいは銀)。しかし、悪徳な店主はこう考えます。「銀で払ってくれたら、レートを誤魔化して大儲けできるんじゃないか?」と。
これに対して法典はこう言い放ちます。
「もし居酒屋の女主人が、お酒の代価として大麦を受け取らず、過大な銀を要求したり、お酒の量を大麦の量より少なく(ぼったくり)したならば、彼女を糾弾し、水の中に投げ込まなければならない」
「水の中に投げ込む(水刑)」とは、ユーフラテス川へ文字通りドボンです。当時の川は神聖な裁判の場でもあり、「罪がなければ神が助けてくれる、溺れたら有罪」という超スパルタ仕様。泳げない人にとっては実質、死刑宣告でした。
【罪状②】度数を薄めて売る・不正な計量 = 死刑
さらに、この第108条の「お酒の量を少なくしたならば」という部分には、「ビールを水で薄めてカサ増しして売る行為」も含まれていたと言われています。
ビールを愛するバビロニアの人々にとって、薄いビールを掴まされることほど許せない裏切りはありません。ハムラビ王も「ビール党の楽しみを裏切る不届き者は死刑!」とばかりに、川への投げ込みを命じたわけです。現代の居酒屋で「このハイボール、薄くない?」と思っても、当時のバビロニアなら店主の命が吹き飛ぶレベルの大罪でした。
【罪状③】居酒屋で謀反の企てを見逃す = 死刑
続いて第109条。お酒が入ると、人間はどうしても口が軽くなります。
「もし居酒屋に謀反人たちが集まったのに、彼女(店主)が彼らを捕らえて王宮に連行しなかったならば、その女主人は死刑に処される」
お酒の席は、いつの時代も政治の不満やクーデターの計画が飛び交いやすい場所。居酒屋の店主には「ただお酒を売るだけでなく、国の最高情報機関(スパイ)として治安維持に協力せよ」という過酷な義務が課せられていました。 悪巧みを聞いて「まぁお酒の席の冗談だし……」とスルーした瞬間、店主の命はありません。
バビロニアの「本気の取り締まり」、想像以上に恐怖ですよね。
当時の「居酒屋のオヤジ(女将)」は命がけだった
さて、先ほどの恐怖のNGリストを読んで、ある「違和感」に気づいた方はいるでしょうか?
そう、条文に出てくる主語がすべて「店主」ではなく「彼女(女主人)」になっているのです。実を言うと、古代バビロニアにおいて、居酒屋を経営し、お酒を醸造して売る仕事は女性の独占市場でした。
現代の感覚だと「アットホームなスナックのママ」を想像してしまいますが、当時の彼女たちは、ビールの価格交渉からクーデターの監視までを一人でこなす、いわば国家お抱えの超エリート個人事業主。
お酒は国家の重要な経済基盤であり、神聖な儀式にも使われるもの。だからこそ、ハムラビ王は「信頼できる女性たち」にその管理を任せ、同時に「裏切ったら即、死刑だからな」と凄まじいプレッシャーをかけていたのです。
当時のバビロニアの居酒屋は、美味しいお酒が飲める憩いの場であると同時に、店主も客も一歩間違えれば命が飛ぶ、ピリピリとした緊張感に満ちた場所でもありました。
次回予告:民主主義のウラに「ワイン」あり!?神々の愛した極上の一滴
当時のバビロニアの居酒屋は、美味しいお酒が飲める憩いの場であると同時に、店主も客も一歩間違えれば命が飛ぶ、ピリピリとした緊張感に満ちた場所でもありました。
前回の古代エジプトが、お酒を「アメ(給料)」として人々に与えてピラミッドを建てた国だとすれば、今回の古代バビロニアは、お酒を「ムチ(法律)」でガッチリ縛って帝国の秩序を維持した国でした。
アメとムチ。アプローチは真逆ですが、どちらの文明にとっても「お酒をどうコントロールするか」が、国家の命運を握る大問題だったという点では完全に一致しています。
ビールが「労働」や「法律」の象徴だったメソポタミア・エジプトを離れ、歴史の舞台はついにきらびやかな地中海世界へと移ります。 次回『第8録』の舞台は、知性と芸術の国「古代ギリシャ」。ここで主役に躍り出るのは、ビールではなく「ワイン」です。 哲学者ソクラテスも、お偉い政治家たちも、夜な夜な怪しい(?)飲み会を開いてはワインを酌み交わし、そこで「民主主義」や「哲学」の基礎を語り合っていました。しかし、彼らのワインの飲み方は、現代の私たちから見るとツッコミどころ満載の「超・独特」なスタイルだったのです。




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