お酒を制する者が「天下」を制す!古代中国の王朝を揺るがした国家機密 【第9録】

酒の歴史

 みなさん、こんにちは。
前回『第8録』の古代ギリシャでは、ワインを水で薄めて理性を保ちながら、民主主義を語り合うという非常に洗練されたお酒の文化を見てきました。

 しかし、今回ご紹介する舞台、東洋の巨大帝国「古代中国」へと目を向けると、そこにはお酒を巡る壮絶な「権力」と「国家財政」のドラマが待ち受けています。中国の長い歴史において、お酒は単なる大人の嗜好品ではありませんでした。あるときは王朝を滅ぼす劇薬となり、またあるときは帝国を支える莫大な資金源となる。まさに「天下の行方」を左右する極めて政治的な存在だったのです。

伝説の「酒池肉林」〜お酒に溺れて国を滅ぼした王たちの教訓〜

 中国の歴史において、お酒の持つ「負の魔力」を象徴する最も有名な言葉が、「酒池肉林」です。

 これは紀元前11世紀、殷(いん)王朝の最後の王である紂王(ちゅうおう)が、池に酒を注ぎ、肉を木に吊るして、昼夜を問わず贅沢な宴会に耽ったという伝説に由来しています。結果として紂王は政治を疎かにし、信頼を失って国を滅ぼすことになりました。しかし、興味深いのは、この凄まじい失敗が単なる一過性のスキャンダルで終わらなかった点です。

 殷を滅ぼして新しく誕生した周(しゅう)王朝は、「前を走る車の轍を教訓にせよ」と言わんばかりに、人類最古級の禁酒令とも言われる『酒誥(しゅこう)』という法律を作りました。「お酒を飲むのは神聖な儀式のときだけ。群れて飲んでいる者がいれば捕らえて死刑に処す」という、徹底した引き締めを行ったのです。
 お酒に溺れることは、個人の破滅だけでなく、国家の崩壊に直結する。この強烈な危機感こそが、中国の統治者たちが最初に向き合ったお酒のリアルでした。一国のトップが理性を失う代償が「国の滅亡」というのは、現代の感覚から見ても驚くほどのダイナミズムを感じずにはいられません。

帝国のサイフを支えた「酒の専売制」〜お酒は国家の財産である〜

 時代が進むと、中国の統治者たちはお酒を禁止するだけでなく、逆に「国家の最高財源」として利用する知恵を身につけます。その代表例が、前漢の武帝が始めた「酒の専売制」です。

 当時の漢王朝は、北方の遊牧民族である匈奴(きょうど)との長年の戦争や、領土拡大のための大遠征によって、国家の財政が火の車になっていました。そこで武帝が目をつけたのが、誰もが欲しがる「お酒」だったのです。
 「これからは、民間でお酒を勝手に造って売ることを禁止する。お酒はすべて国が製造し、国が独占販売して、その利益はすべて国庫に入れる」この専売制によって、国家には文字通り莫大な利益が転がり込んできました。私たちがよく知る「万里の長城」の維持費や、巨大な軍隊を動かすための軍資金の一部は、実はこのお酒の利益によって賄われていたのです。

 私たちが普段何気なく支払っている酒税ですが、はるか2000年前の中国では、それが帝国の維持や国防そのものを支えていたというのは、実に壮大なスケールの話です。お酒はまさに、液体のかたちをした「国家予算」だったと言えるでしょう。

豆知識:お酒の密造は死刑!?厳しすぎる歴代の禁酒令

 国がお酒を独占して大儲けしているということは、裏を返せば「こっそり密造すれば、めちゃくちゃ儲かる」ということでもあります。

 そのため、歴代の王朝は国庫のサイフを守るために、密造に対して非常に過酷な罰則を設けました。たとえば前漢の時代には、国に許可なく勝手に3人以上で集まってお酒を飲んだだけで、「罰金として銀4両(現在の価値で数十万円相当)」という重いペナルティが課せられていました。

 さらに時代が下った三国時代やその後の王朝では、貴重な主食である「米」がお酒の原料として浪費されるのを防ぐため、より厳格な禁酒令が出されることも珍しくありませんでした。お酒を密造した者は容赦なく捕らえられ、見せしめとして死刑に処されることもあったのです。一杯のお酒を巡って命がやり取りされる、そんなピリついた緊張感が、きらびやかな中国史の裏側には常に存在していました。

まとめ:お酒を支配する者が、歴史を支配する

古代中国の歴史を振り返ると、お酒はまさに「天下を揺るがすパワーバランスの天秤」でした。

お酒に飲まれて溺れた者は国を失い、お酒をシステムとして完璧に管理・支配した者は、巨大な帝国を維持する富を手に入れたのです。お酒の持つ凄まじい経済効果と、人間を狂わせる魔力の両方をこれほど冷徹に、かつダイナミックに利用した文明は他にありません。

私たちが今日、美味しいお酒を平穏に楽しめるのは、歴史上の多くの王たちの失敗と、それをコントロールしようとした先人たちの知恵の恩恵なのかもしれませんね。

次回予告:お酒は「国家の最高機密」だった!?日本の税金と禁酒令の歴史

お酒が天下統一の鍵を握った中国大陸を離れ、次回『第10録』の舞台は、いよいよ私たちの国「日本」へと移ります。
 実は日本の歴史においても、お酒は権力者が最も執着した「国家の最高機密」でした。邪馬台国の時代から神聖視され、朝廷がお酒を「税金」として徴収した奈良・平安時代。そして戦国から江戸時代にかけて、幕府が「密造酒」を徹底的に取り締まった驚きのウラ歴史とは?

私たちが愛する「日本酒」の誕生の裏に隠された、知られざる日本の「お酒=権力」の物語をお届けします。どうぞお楽しみに!

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