第四録 【酒造りの始まった場所-中国編-

酒の歴史

 前回の第3録で紹介した中東説(約8,000年前)に続き「中国・賈湖遺跡説」を紐解いていきましょう。
 河南省の「賈湖(かこ)遺跡」から出土した約9,000年前の土器。その底に付着していた残留物を最新科学で分析したところ、なんと、お米、ハチミツ、そして野生のブドウやサンザシが混ざった、世界最古の「お酒」の成分が検出されたのです。

・世界最古のミックスカクテル…?

 現代の私たちが飲むお酒、日本酒なら「米」、ワインなら「ブドウ」といったように、特定のメイン原料を洗練された技術で発酵させるのが基本です。サングリアのように果実を混ぜるカクテルもありますが、それはお酒が完成した後に混ぜるのが一般的ですよね。
 しかし、9,000年前の賈湖遺跡で見つかったのは、それらを全て混ぜ合わせた「世界最古のミックスカクテル」でした。

 なぜ彼らはこんな複雑な混ぜ酒を造ったのでしょうか?その理由は、当時の「農耕の始まり」という不安定な時代背景にあります。

 当時のお米は現代のようにたくさん収穫できるものではなく、非常に貴重で量が足りませんでした。そこで当時の人々は、足りないお米を補い、かつ発酵を促進させるために、森で採れる「ハチミツ」や「酸味のある果実」を本能的にかき集めて混ぜ合わせたのです。自然の恵みを限界まで詰め込んだこのレシピは、過酷な原始の時代を生き抜くための「奇跡のブレンド」だったと言えます。

・音楽と呪術が交錯する「ハレの日」の夜

 では、この貴重なお酒はどんなときに飲まれていたのでしょうか。当時の社会は、現代のような国家や王様はおらず、血縁を中心とした小さな集落で暮らしていました。文字もない時代、人々を一つにまとめるために最も重要だったのが、神や先祖とつながる「呪術(祭り)」です。

 実は、この賈湖遺跡からはお酒の土器と一緒に、ツル(鳥)の骨で作られた「世界最古の骨笛」がいくつも発掘されています。

 霧深い大自然の夜、暗闇の中で焚き火を囲み、骨笛の神秘的な音色を響かせる。そして、口噛みによって造られた特別なミックスカクテルを皆で回し飲みし、トランス状態(お酒の酔い)に入っていく――。彼らにとってお酒は、ただの娯楽ではなく、大自然の神々や死者と対話するための「聖なるツール」だったのです。

・次回予告:お酒が変えた「国々のカタチ」

 東の中国で生まれた、神秘的なミックスカクテル。これによって、西の中東説と並ぶ、人類とお酒の歴史の「プロローグ(始まりの地)」が出揃いました。

では、この生まれたばかりの原始的なお酒は、どのようにして人類の「文明」に影響を与えるのでしょうか?

次回からの新章では、数回に分けて世界各国の歴史を巡る旅へと出発します。お酒が時に国家の財政を支え、時に法律で厳しく縛られ、時に宗教と深く結びついていった、「お酒が変えた世界史(文明編)」を書いていきます。

 次回の第5録ではこれから紹介する5つの国家をまずは導入としてまとめていきます!

・【今日の小ネタ】米を「噛んで」造るお酒

 さて、ここで今日もクスッと笑える小ネタをひとつ...

 米などの穀物でお酒を造るには、デンプンを「糖」に変える必要があります。現代なら麹を使いますが、9,000年前の中国にはそんな技術はありません。そこで使われたのが、「人間が米を口に入れて噛み、唾液の酵素(アミラーゼ)で糖化させる」という、いわゆる「口噛み酒(くちかみざけ)」の技術だった可能性が高いとされています。

「えっ、中国人が発明したの?」と思うかもしれませんが、実はこれ、中国固有の文化ではありません。
※古代の日本『大隅国風土記』などにも記述があります
 中国をはじめ、南米アマゾンの先住民族、南太平洋の島々、アイヌ文化など、世界中のあらゆる地域で同時多発的に行われていた「人類共通の知恵」なのです。

 新海誠監督の映画『君の名は。』のヒロインの三葉が神社で造っていたシーンを思い出す方も多いと思いますが、あれはまさに日本に実在した伝統的な儀式。

 道具も技術もない原始の時代、人類はお酒を「造る」のではなく、自らの身体を使って「生み出して」いたのですね。現代の感覚からするとちょっと驚いてしまいますが、世界中どこに行っても、お酒の歴史の原点にはこの「口噛み」の不思議な物語が隠されているのです。

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