ビールがなければピラミッドもなかった?古代エジプトの「お酒経済」-第6録-

酒の歴史

 前回は国家という仕組みが生まれたときにお酒が「超重要アイテム」へと化けた、という全体像をお話ししました。

 今回からはいよいよ、具体的な各国のエピソードに切り込んでいきます。
まずは、誰もが知る砂漠の巨大文明「古代エジプト」です。
 世界最大級の建造物であるピラミッド。これを造った労働者たちの過酷な労働を支え、国家の経済そのものを動かしていたのは、実は現代の私たちが愛してやまない「ビール」でした。

給料は「ビール4リットル」!?驚きのエジプト経済

 古代エジプトには、現代のような「紙幣」や「硬貨」といったお金はありませんでした。では、人々はどうやって働いた対価を受け取っていたのでしょうか。
 その答えは、「ビールとパン」による現物支給(給料)です。
 当時の記録(ギザのピラミッド近くで見つかった労働者の街の出土データや、当時のパピルスに記された支給記録)によると、ピラミッド建設に従事していた一般の労働者には、1日あたり約4リットル(大ジョッキ5〜6杯分)のビールが支給されていたとされています。

 仕事終わりのビールがそのまま給料袋に入って手渡されるようなシステム。お酒好きには一見「最高すぎる職場」に見えますが……。 よくよく考えると、「お酒が全く飲めない体質(下戸)の労働者」だったら大絶望ですよね。
 実際には、このビールやパンはそのまま「通貨」として機能していたため、お酒を飲まない人は衣服や他の食料と物々交換していたそうです。ですが、毎月ビールを抱えて「これと服を替えてくれ」と交渉する手間を考えたら、現代の「お金」という仕組みがいかに便利か、改めて実感させられます。

私たちの知るビールとは違う?ストローで「食べる」お酒

 「毎日4リットルもビールを飲んで、みんなベロベロに酔っ払って仕事にならなかったのでは?」と思うかもしれません。しかし、ここにもう一つの歴史の面白い真実があります。

 古代エジプトのビールは、私たちが今居酒屋で飲んでいるような「黄金色で、シュワシュワしていて、喉越しが最高の液体」とは全くの別物でした。
 当時のビールは、大麦やエンマー麦で作ったパンを水にほぐし、発酵させて造るもので、ドロドロとした「液体のお粥(スープ)」のようなものだったのです。アルコール度数も1〜3%程度とかなり低く、ビタミンやミネラル、タンパク質が豊富に含まれた高栄養価の生活必需品でした。
 つまり、当時の労働者たちは仕事終わりに「ぷはー!生き返る!」と喉を鳴らしていたわけではなく、麦の殻やゴミを避けるために「ストローを突き刺して、モグモグと食べて(吸って)いた」のです。

 娯楽としての嗜好品というよりは、過酷な労働を乗り切るための「栄養ドリンク」だったわけですね!

まとめ:お酒が動かした巨大国家のカタチ

 支配者(ファラオ)は、「民衆が生きていくために絶対に拒否できないビール(生命線)を配給する権力」を握ることで、あの巨大な労働力を完全にコントロールし、国家を統治していました。

お酒は「ご褒美」だったのではなく、国家が人を動かすための「冷徹な統治システム」そのものだったわけですね。

次回予告:お酒の失敗は「死刑」!?最古の法律

 古代エジプトがお酒を「アメ(給料)」として使った国だとすれば、次に紹介する国は、お酒を「ムチ(法律)」で厳しく縛った国です。

次回『第7録』の舞台は、メソポタミア文明の「古代バビロニア」。

「目には目を、歯には歯を」で有名な世界最古の成文法『ハムラビ法典』には、実は現代の私たちもびっくりするような「居酒屋の取り締まり法律」がガッツリ刻まれていました。お酒の売り方を一歩間違えれば、即、死刑!?

次回は、その恐ろしくもリアルな法律の世界と、当時の居酒屋を巡る小ネタを詳しく解説します。ぜひ、次回の記事もチェックしてみてください!

【本日の小ネタ】神聖なビール職人は「女性」だった?

ここで、エジプトならではの面白い歴史の裏話をひとつ。

古代エジプトにおいて、ビールは神聖な飲み物であり、神話に出てくる破壊の女神セクメトの怒りを鎮めたものとしても崇められていました。
 そんな国家の根幹を支えるビール造りですが、初期の古代エジプトにおいて、その製造を一手に担っていたのは「女性たち」でした。 ビール造りは「パン作りの延長(家庭の家事)」として捉えられていたため、家庭内、あるいは王宮の醸造所で女性たちがビールを仕込んでいたことが、当時の壁画や木製の模型(ファラオの墓から出土したジオラマ模型)から分かっています。

やがてビールが国家規模の「巨大産業」になり、給料として大量生産が必要になると、今度は男性の職人たちが管理する工場へとシフトしていきました。「家庭の味」から「国家のインフラ」へとお酒がスケールアップしていく過渡期が見られる、非常に興味深いポイントです。

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