こんにちは!お酒の歴史を調べ出すと止まらない管理人です。
前回は、ジンがどんなお酒なのかという「基本のきほん」をお話ししました。
ジュニパーベリーの香りが効いた、あの爽やかなスピリッツでしたよね。
今でこそおしゃれなバーや自宅でスタイリッシュに楽しまれているジンですが、歴史を紐解くと、これがもう波乱万丈すぎてドラマ映画が1本作れそうなレベルなんです。 「マジか…」とツッコミたくなるような黒歴史から、華麗な復活劇まで、今回はジンの数奇な歴史のストーリーをご紹介します!
すべては「お医者さんの薬」から始まった
前回少し触れましたが、ジンの歴史の始まりは17世紀のオランダです。
当時、ライ麦などをベースにしたお酒に、利尿作用や解熱作用のある「ジュニパーベリー(ネズの実)」を漬け込んで、「病気を治すための薬(利尿剤)」として作られたのがルーツと言われています。
お医者さんが「はい、これを飲んでお大事にね」と処方していたわけですから、当時はアルコールというよりもガッツリ「医療品」だったんですね。
……いやぁ、お酒好きとしては「病気のたびに処方されるなんて、当時のオランダ人に生まれたかったな」なんて思ってしまいますが、まさかこの「飲む薬」が、のちにイギリスへ渡って大事件を引き起こすとは、当時の医者も夢にも思わなかったはずです。
💡 ちょっと一息:あまりの安さと中毒性で起きた「ジン・マッドネス」
ここで、ジンの歴史における最大の黒歴史とも言える小ネタをご紹介します。
オランダからイギリスへとジンが伝わった18世紀初頭、イギリス国王が国内の農業保護やワインへの対抗措置として、「誰でも自由に、税金なしでジンを作っていいですよ!」という超大盤振る舞いの法律を作りました。
これが大失敗。安くて強いお酒が街にあふれ返り、貧困層の人々を中心にものすごい勢いで蔓延してしまったのです。
当時のロンドンは、老いも若きも朝から晩までジンを飲み泥酔する人が続出。治安は一気に悪化し、この狂騒の時代は「ジン・マッドネス」と呼ばれました。イギリスの有名な画家が、泥酔して自分の子供を落としそうになる母親を描いた『ジン・レーン』というショッキングな絵画が残っているほど、社会問題になったんです。
……いくらお酒が好きとは言え、街中がそんな状態になったらと思うとちょっと怖すぎますよね。今の洗練されたジンのイメージからは全く想像がつきません!
どん底から「カクテルの王様」への華麗なる大復活
あまりの荒れように焦ったイギリス政府は、慌てて重い酒税をかけたり、製造に厳しいライセンス制度を導入したりして、ジンの取り締まりを強化しました。
この大混乱を経て、ジンは「安い酒」から脱却する道を歩み始めます。
19世紀に入ると、連続式蒸留機が発明されたことで、雑味のないクリアで高品質なジンが作れるようになりました。これが、現在の主流である「ロンドン・ドライ・ジン」の礎となります。
さらに、植民地でマラリア予防として飲まれていたキナ入りの「トニックウォーター」とジンを合わせたところ、「あれ、すごく美味しいぞ…?」となり、大人気カクテル「ジントニック」が誕生。イギリス海軍の間では、栄養価の高いライムジュースと混ぜて飲まれるなど、海を越えて世界中のバーへと広がっていきました。
荒れ狂う暗黒時代を乗り越えたからこそ、ジンはただのアルコールから「洗練された大人の文化」へと見事に生まれ変わったんですね。
まとめ
今回は、ジンの波乱万丈な歴史についてご紹介しました。
- 最初はオランダの「お医者さんの薬」として誕生した
- イギリスに渡ったのち、法律の緩さから「ジン・マッドネス(狂気)」と呼ばれる大社会問題に発展した
- 取り締まりと技術の進化を経て、現在の「洗練されたカクテルの主役」へと華麗な復活を遂げた
歴史を知ると何気なく飲んでいるジントニックも、より味わい深く感じられます。
さて、次回はそんなジンがどうやって作られているのか、香りづくりの魔法である「製法とボタニカルの秘密」を詳しく深掘りしていきます。
次回の記事も、ぜひお楽しみに!




コメント